連続講座「2025年度・レジリエンス━破綻と回復の境界」第5回講義レポート

京都大学経営管理大学院レジリエンス経営科学研究寄附講座では、昨年度に引き続き、レジリエンスについて考える連続講座を開催しています。今年度も各講義100人を超える方々からのお申し込みをいただき、改めて非常に多くの方が関心を寄せているテーマであることを再確認いたしました。ご参加できない方やもう一度講義を見直したい方に向けて、毎回の講義動画を公開いたします。

第5回は、立命館大学副学長で文化人類学者の小川さやか教授による講義です。「危機における解散―価値の最高から考えるレジリエンス」と題し、人類学者デヴィッド・グレーバーの価値論を手がかりに、香港を拠点に国際交易を営むタンザニア商人たちの生存戦略を紹介しながら、不確実な時代を生き抜くレジリエンスのあり方を論じました。

【開催概要】

日時:2026年2月21日(土)16:00-18:00
登壇者:小川さやか教授(立命館大学副学長・先端総合学術研究科教授)
場所:京都大学吉田キャンパス 総合研究2号館1階 講義室1
テーマ:危機における解散―価値の再考から考えるレジリエンス

口約束の経済と贈与の論理

小川教授の専門は文化人類学(経済人類学)で、贈与・交換・所有・労働を研究テーマとしています。大学院生時代にタンザニアで約3年間のフィールドワークを行い、自ら古着を売りながら路上商人を調査しました。主な著書に『都市を生きぬくための狡知』『その日暮らしの人類学』『チョンキンマンションのボスは知っている』、共著として『負債と信用の人類学』『所有とは何か』があります。

小川教授はまず、文化人類学者デヴィッド・グレーバーの「価値論」を手がかりに議論を展開しました。グレーバーは、価値とは個々の行為そのものにではなく、行為が社会的な全体に取り込まれる過程で生じると論じています。香港や中国で商品を仕入れ、母国に送る交易に従事するタンザニアの商人たちに注目し、彼らの取引慣行を紹介しました。

商人たちの間では、契約書を交わさない口約束の信用取引が日常的に行われています。商品を預けても代金が支払われない、あるいは逆に代金を払っても商品が届かないといった不履行は頻繁に起きます。しかし、そのとき損害を被った側が「あれはもともと贈り物だった」として債務を帳消しにすることがあると小川教授は述べました。不履行を贈与として読み替え、返礼の義務を相手に負わせることで、取引の失敗が将来の関係を生む種に転じるのだといいます。

小川教授は、こうしたやり取りの核心は損得ではないといいます。相手を裏切り者として切り捨てるのか、恩義を持つ仲間として関係を育てるのか――大切なのは、自分の対応が人間の関係をどう形づくるかにあると指摘しました。

お金ではなく人に託す――贈与が支える暮らし

続いて小川教授は、グレーバーが『負債論』で論じた「人間経済」と「商業経済」の対比を紹介しました。商業経済では、個々の人間を社会的文脈から切り離し、形式的に同じ存在として扱うことで、成績や生産性といった指標が成り立っています。一方、人間経済とは富の蓄積よりも人間そのものの創造に関心を持つ経済であり、人間は数値に換算できない唯一無二の存在として扱われます。

小川教授は、こうした香港のタンザニア商人たちの世界にこの人間経済の特徴が色濃く残っていると述べました。商人たちは事業に成功しても規模を拡大しません。代わりに、仕事にあぶれた若者に中古自動車を買い与えてタクシー運転手にさせたり、別の若者にアイスクリームの露店を持たせたりと、稼いだ金を他者への贈与に回していきます。手元に貯金は残りませんが、自分に恩義を感じる人間が増えていきます。

小川教授はこれを「富を現金ではなく人間の形で貯蓄する経済」と表現しました。 贈り物には贈り手の何かが宿ります。小川教授は、商売に失敗した青年が木材問屋の年配女性から亡き甥の形見の道具を譲り受け、職人として歩み始めたエピソードを紹介しました。青年は道具の手入れをするたびにその女性のことを思い出すといいます。こうして贈り手の「分身」が各地に散らばっていくと、自分が困ったとき、かつて助けた誰かの能力を引き出すことができます。

500万円を貯金するより500人の多様な人間を持つ方がいい――商人たちはそう考えています。助けたから助けられるという対等な交換ではなく、それぞれの人生がバラバラであることに賭け、誰か一人くらいは何とかしてくれるという「保険」を多様に揃えておくのだと小川教授は述べました。

お金ではなく人に託す――贈与が支える暮ら多様な選択が生むレジリエンス――コロナ禍の経験から

続いて、個人の「賭けて待つ」が集団のレジリエンスへと転換される仕組みが論じられました。コロナ禍に遡ります。香港のタンザニア商人たちは、病気や事故の際に互いを支える組合を作っていました。しかしその組合はパンデミックの流行とともに解散を決意します。小川教授は組合長の言葉を紹介しました。全員にとっての危機が起きたとき、一致団結して同じ方向に賭けて失敗すれば、全員が一斉に窮地に陥ります。正解がわからない以上、個々がバラバラの方向に進み、それぞれ異なる挑戦をするしかありません。きっと誰かは危機を乗り切る道を見つけるだろう、そうしたらその人に教えてもらえばいい――。一人一人の生計を多角化するリスク分散の論理が、危機時には集団のレベルにまで拡張されるのだと小川教授は指摘しました。

実際にコロナ禍で、香港や中国にいた商人の多くはタンザニアに帰国し、即座にまったく異なる商売を始めました。ある商人はコロナで治安が悪化すると読み、SNSで警備員を派遣する会社を起業しました。別の商人は「何があっても人は食べる」と、貿易の資本をすべて投じて畜産業に転じました。2022年の追跡調査では、帰国先で新事業を軌道に乗せた者、香港に再渡航した者、タイやトルコなど第三国に転戦した者と、それぞれが異なる道を歩んでいたといいます。 小川教授によれば、異なる国で商売を経験した商人が元の場所に戻ると、以前は気づかなかった市場のすき間や商機が見えるようになります。こうして各地に離散した商人たちが再び集まると、それぞれの土地で見つけた商材や販売の手法が共有・融合され、新たなビジネスが生まれていきます。個々の「賭けて待つ」が仲間の多様性を介して集合的に増幅され、行き詰まりの打破につながっていくのだと小川教授は結びました。

まとめ

小川教授は最後にグレーバーの議論に立ち戻り、借金は死んでも返すべきものだという常識も、不要な書類仕事に追われる日常も、すべて人間の行為の積み重ねがパターン化し固着した結果にすぎないと述べました。客観的に見ることができれば、そうではない行為を積み重ねる糸口はいくらでもあるとし、そのために自ら移動したり、異なる考えを持つ人々との関係を保ったり、異なる文化の仕組みを知る営みが必要になると語り、「今日の講義がその一つになれたら嬉しい」と結びました。

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